「現実入門 ほんとにみんなこんなことを?」穂村弘

現実入門

現実入門

フロム古本浪漫堂
歌人である作者が、40歳を越えても人生の経験値が低いのを売りに、初めて体験することをネタにしたエッセイです。
…という、ゆるゆる系エッセイなのかなと思ったのですが、意外にも読み進めていくと、状況が二転三転して、なんだかもうキツネにつままれたような、どういうジャンルとして受け取っていいのか戸惑うユニークな本です。
以下、ネタバレなのでたたみます。これ、前知識なしで読んだ方が面白いので、私の以下の感想も読まない方がいいです。ネタバレありの感想を書きますけども、読まない方がいいです(2回言っときます)。
美しい女性編集者に依頼されたというまえがきから始まります。
作者が経験したことのない事柄を経験しに行くのがテーマのエッセイ。少なくともこの時点では。「献血」「モデルルーム見学」「はとバス」など、ありふれているけど実際にはあまり経験しないことに挑戦していきます。
この作者、人生経験が貧弱なのが売り(?)で、作中でも小さなこまごまから逃げて「まだ真ののび太に近づいた…」なんて内心つぶやき、体験エッセイの作者としては難のある態度で取材を進めます。
そんな後ろ向きな姿勢が面白いなあ〜と思っていたら、内容はさらに変化。そのうち、取材で体験したことより、作者の内省的な心理描写が増えていきます。特に美しい女性編集者については毎回しっとりした描写で…なんだか怪しいぞ。好きになっちゃったの? とハラハラした矢先、ちょっと狂気を帯びたような雰囲気すらかもし出し始めます。ただののほほんエッセイと思っていたこちらは、この人は現実を書いていないのではないか? と、わからなくなってきます。
そんな感じで、中盤は現実なのかそうでないのかわからないまま体験エッセイが続き、そして最後に、具体的には説明はしないまま「新居選び」と「プロポーズ」の体験をして終了するのでした。
えっ、女性編集者とゴールインしたの!? とも思えるような、思えないような。混乱したままあとがきを読んだら、「そんな名前の編集者はいなかった」…もう完全に何が現実かわかりません。本1冊分の、どこまでが現実で、どこまでが現実じゃなかったのか…。もうこの作者に気持ちよく化かされた感じです。他の人はどう受け取ったのか、ネットで感想を検索したら、まあ十人十色。

    1. 何が現実かわからなくて混乱している人
    2. キツネにつままれたことを楽しんでいる人
    3. 女性編集者と結婚したと思って祝辞を述べている人
    4. ただの体験エッセイだと思って普通の感想を述べている人

…とまあ、読者の反応もまちまちです。ただ、この感想のバラバラさも、作者の意図のうちなのかもしれませんね。私は(1)と(2)の間かな。